つい朱雀帝に突っ込みを入れたくなる
「源氏物語巻三」
(紫式部/瀬戸内寂聴訳)講談社文庫
帝の最愛の朧月夜との密会現場を
押さえられた源氏は、
自ら京を下ることによって
東宮を守ろうとする。
流れた先は須磨、そして明石へ。
源氏はその地の姫と
契りを交わし、
子を宿すまでに至る。
やがて待ちわびた
帰還命令が下り…。
源氏物語原文を
第十八帖「松風」まで読み終え、
そこまで書かれてある本書
瀬戸内源氏第三巻を斜め読みしました。
ここには「須磨」から「松風」まで、
そして源氏失脚から政権復帰までが
描かれています。
さて、この巻で注目したいのは
主人公・源氏ではなく、
きらびやかな女性たちでもなく、
源氏の異母兄・朱雀帝です。
源氏の華やかさに比べ、
色彩感存在感のなんとも薄い人物です。
その行動には同じ男として
歯がゆさまで感じてしまい、
つい突っ込みを
入れたくなってしまいます。
朱雀帝への突っ込み①
寝取られてだまっているのか!
冒頭の源氏須磨隠遁のきっかけは、
源氏が兄・朱雀帝の最愛の朧月夜との
不義密通の現場を、
自分の政敵・右大臣に
押さえられたからです。
朱雀帝はもちろん天皇です。
国家の最高権力者です。
しかもまだ若い盛りです。
それがこともあろうに、
弟に妻を寝取られたとあっては、
帝としても男としても兄としても
沽券に関わる大問題であるはずです。
怒り心頭か、と思いきや、
あまり怒っている様子は
書かれていません。
「いい加減、怒れよ!」と
突っ込みを入れたくなるような
穏やかさなのです。
朱雀帝への突っ込み②
何にびくついているのか!
そして源氏帰還実現のきっかけもまた
朱雀帝なのです。夢の中に
不機嫌な様子の父帝の霊が現れ、
朱雀帝は恐れおののきます。
やがて目の病気が進行し、彼は
さらに神経衰弱になっていくのです。
「何びくついてんの?帝でしょ!」と
突っ込みを入れたくなるような
気の弱さなのです。
朱雀帝への突っ込み③
どうしてそこまでするのか!
しまいには源氏に
政策の助言を求めたり、
朧月夜の心が自分にないことを承知で
愛し続けたり…。
「どうしてそこまでするんだよ!」と
突っ込みを入れたくなるような
人の良さなのです。
いや、架空の人物に
突っ込みを入れるのは
ここまでにしておきましょう。
一見情けないようにも見えますが、
一貫した性格設定のおかげで、
やはりこの朱雀帝も物語の中での
位置付けが確固としています。
そう考えると、やはり光るのは
作者・紫式部の人物配置の緻密さです。
徹底した個性をもつ人物を、
主役である源氏が引き立つように
絶妙に配置しています。
現代の辣腕映画監督も真っ青の
人物設定を、
千年も昔の一人の女性が
ものの見事に仕上げているのです。
やはり紫式部恐るべし、
それを現代人にも
はっきり理解できるように
現代語訳している瀬戸内寂聴恐るべし。
(2020.5.16)